がんばっても食べられないものがある

エデュワークの放デイでは、調理の活動があります。
その中で出てくるのが「食べられないもの」の話です。
ある日、通所を初めて数回のお子さんが、プチトマトを使った調理をしました。
その時はまだアレルギーの話しかしておらず、好き嫌いの把握はできていなかった段階です。
包丁で切るところまでは参加できる。
お皿に盛ることもできる。
でも、いざ食べる段階になると、手が止まってしまいました。
ふざけているわけでも、拒否しているわけでもありません。
こちらで進めていない状態でも、自主的に食べようとがんばろうとはします。
でも、口に近づけたところで体が固まり、どうしても前に進めない。
その時は無理しちゃだめだと止めて、時間をかけて好きではない(嫌いという表現をしませんでした)と話してくれました。
あとで保護者の方から、
「プチトマトはどうしても食べられなくて」
「できれば食べられるようになってほしいんですが…」
という話がありました。
この親の気持ちは、とても自然だと思います。
栄養のことも気になる。
この先、大丈夫なのかも心配になる。
「食べられるものを増やしたい」と思うのは自然な考えです。
ただ、放デイの現場で見ていると、無理に食べさせないほうがいい場面も、確かにあります。
発達障がいのある子の中には、感覚の受け取り方がとても強い子がいます。
味だけでなく、
皮のはじけ方、
中から出る水分、
噛んだときの感触、
それらが一気に入ってきて、体が強く反応してしまう。
医療や発達の分野では、これは「好き嫌い」や「わがまま」ではなく、感覚過敏や感覚調整の特性として説明されることが多いです。
重要なのは、本人が「慣れれば大丈夫」という状態ではないことも多い、という点です。
危険信号に近い反応が出ている場合、無理に続けると、食事そのものが不安な時間になってしまうこともあります。
偏食が強いと、
「このままでいいのだろうか」
「どこかで直さないといけないのでは」
と感じることもあると思います。
でも、発達の視点で見ると、子どもはまだ、不快な感覚をやり過ごす力や、自分で調整する力が発達途中にあります。
大人なら、
「今日は無理だからやめておこう」
「少し残そう」
と判断できますが、
子どもにはその切り替え自体が難しいことも多い。
偏食がきつい時期があること自体は、決して珍しいことではありません。
実際、ある時期を過ぎたら急に食べられるようになる子もいますし、最後まで食べられないままの人もいます。
食べ物によっても変化があります。
これは発達障がいがある人だけではなく、どなたにも共通することです。
また、どちらが正解という話でもありません。
放デイで調理をしていると「食べる・食べない」だけでなく、
・触れた
・切れた
・匂いをかげた
・場にいられた
そうした一つ一つが、十分な経験だと感じます。
プチトマトを食べられなくても、その子の成長が止まるわけではありません。
できない子になるわけでもありません。
「今日は無理だったね」
「ここまでできたね」
そうやって終われることが、次につながる安心になることもあります。
食べてほしい、という気持ちがあるからこそ、無理をさせない、という選択もある。
放デイの調理を通して、そんなことを改めて考えさせられています。
