学校には言いにくい家庭のしんどさを、放デイで整理する

「学校以外に、相談できる場所がなくて」
放課後等デイサービスで相談を受けていると、保護者の方からこの言葉を聞くことがあります。

学校で相談はしている。
先生も動いてくれている。
でも、それでも言いにくいことがある。
家庭の中のしんどさや、親の迷いそのものは、学校には持ち込みにくい。
話したいのに、どこまで話していいか分からない。
そういう空気が、言葉の端々に残っていることがあります。

ここで大事なのは、学校が悪いという話ではない、ということです。
学校は学校で、役割があります。
集団の中で一日を回す責任がある。
評価や記録も必要になる。
だからこそ、相談が「正しい報告」になりやすい場面があります。

一方で、家庭の相談は、正しさより先に感情があります。
「もうどうしたらいいか分からない」
「家の中が回っていない」
「きょうだいにも影響が出ている」
こういう話は、整理されていないまま出てくることが多い。
むしろ、整理されていないからこそ、相談になる。

私たちができるのは、その整理されていない部分をいったん受け止めて、一緒にほどいていくことだと思っています。
いきなり答えを出すのではなく、状況を言葉にしていく。
どこが一番しんどいのか。
今いちばん崩れているのは、睡眠なのか、食事なのか、会話なのか。
学校のことなのか、家庭内のことなのか。
切り分けていくと、「明日から何を変えるか」が現実になります。

それともう一つ。
学校と家庭の間には、どうしても距離があります。
先生は家の中をずっと見られない。
保護者は学校の中をずっと見られない。
その間に、すれ違いが起きることがあります。

例えば、学校では落ち着いている。
でも家では荒れる。
あるいはその逆もある。
どちらも嘘ではなくて、環境が違うから出方が違うだけです。
この違いを、責め合いの材料にしないようにする。
それも支援の大事な役割だと思っています。

相談の最後に、保護者の方がよく言われるのは、こんな言葉です。
「答えが欲しかったというより、話を整理できてよかったです」
ここがスタートになることは多いです。

学校に相談できることと、学校には言いにくいこと。
どちらもあります。
放デイは、学校の代わりではありません。
でも、学校だけでは受け止めきれない部分を、一緒に抱える場所にはなれます。

相談は、まとまっていなくても大丈夫です。
むしろ、まとまっていないからこそ意味があります。
「学校以外に話せる場所がない」と感じたときは、そこがひとつの合図かもしれません。

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