最近「AI」という言葉を耳にする機会が本当に増えました。
実は、わたしは最初からAIに前向きだったわけではありません。むしろ「AIに頼るなんて、自分で考えることをやめてしまうことなんじゃないか」と思っていました。
文章を書くことも、アイデアを考えることも、自分の頭で悩んでこそ意味がある。
AIを使うのは、どこか「思考を放棄すること」のように感じていました。
そんなわたしですが、仕事でAIを活用するようになり、その考えは少しずつ変わっていきました。
もちろん、AIは万能ではありません。
間違った情報を答えることもありますし、個人情報や機密情報の取り扱いには十分な注意が必要です。
AIが出した答えを、そのまま正解として受け取るのではなく「本当にそうなのかな?」と自分で確認する姿勢、メディアリテラシーだって欠かせません。
便利だからこそ、使う側の責任も大きいと感じています。
それでも実際に使ってみると、AIは「考えることをやめるための道具」ではなく「もっと大切な時間をつくる道具」なのだと気付きました。
例えば、時間のかかる情報整理や文章の下書き。
そういった作業をAIが手伝ってくれることで、その分「この子にはどんな支援が合っているだろう」「今日はどんな声掛けがいいだろう」といった、人にしか考えられないことに、より多くの時間を使えるようになります。
わたしは児童指導員として子どもたちと関わる一方で、AIを活用しながらアプリ開発にも携わっています。長い時間AIと対話しているわたしだからこそ、断言出来ることがあります。
AIにできることと、先生にしかできないことは、まったく違います。
放課後等デイサービスでは、子どもたちと一緒に活動する時間だけが仕事ではありません。事務的な作業はたくさんあります。
事務作業も大切な業務ですが「もっと子どもたちと関わる時間があれば」と感じることも少なくありません。
そんなときAIは大きな力になります。
時間のかかる作業を効率化してAIが支えてくれれば、その分わたしたちは子どもたちと向き合う時間を増やすことができます。
療育の時間にしか生まれないものがあります。
ほんの少しの表情の変化。
「今日は何かあったのかな」と感じる違和感。
活動中は元気そうでも、帰る前にふと見せる寂しそうな顔。
そうした小さな変化は、こういった場で子どもたちと関わっているわたしたちだからこそ気付けるものです。
そして、その子の微細な心の動きに対して声を掛けるタイミングを考えたり、隣で静かに寄り添ったり、今は見守ろうと判断したりすることは、AIにはできません。
以前、「ツッコミが返ってきた日」というお話を書きました。最初はほとんど話をしなかった利用者さんが、ある日、冗談にツッコミを返してくれた出来事です。
積み重ねがあるからこそ「この人なら大丈夫」と思ってもらえる関係が少しずつ育っていきます。
これは、人と人との間でしか生まれないものだと思います。
AIに任せられる仕事はAIへ。
わたしたちにしかできない仕事はわたしたちが。
その役割を大切にしながら、新しい技術も上手に取り入れていきたいと思っています。
子どもたちの「今日ね!」というおはなしを、しっかり受け止められる先生でありたい。AIがどれだけ進化しても、子どもたちの心に寄り添えるのは、人だと思うのです。
担当:エデュワーク千代川「児童指導員O🐹」

