4文字の悪魔を乗り越えた時(第一章)

今回も過去の事例を紹介したいと思います。
ただ、今回は少し内容が「重い」かもしれませんし、長くなりますがご一読ください。

その男性が私の支援に繋がってきたとき、彼は40歳代半ばでした。
京都府内のとある場所で、生活保護を受給して生活されていました。
過去には就労経験もありましたが、私が会った時は「ひきこもり」に近い状態でした。

初めて会ったときは暗い表情で元気がなく、口数も少なかったです。
ただ、担当のケースワーカーから勧められ、あまり前向きではなかったのですが
前回で記述した就労支援プログラム「ゲンテン」に参加されることになりました。

参加して3週間ほど経過すると、本来は陽気で気配りのある人であることが分かってきました。
その頃、彼も私も喫煙者でしたから、休憩時間に2人で好きな競馬の話をよくしていました。

ところが私が驚いたのは彼が話してくれた過去の経歴です。
彼は若いころに、JRAで厩務員として働いていた経験がありました。
有名な馬主さんに直接雇用されていて、なんと「G1馬」の専属厩務員の経験もあったのです。
当時の競馬ファンなら知らない人がいないくらいの有名馬でした。
ただ、雇用してくれていた馬主さんが引退されるときに、彼も厩務員の仕事を辞めました。
他の厩舎に移籍して働くことも可能だったそうですが、
周りから「G1馬の厩務員」としてみられることが逆に彼にはプレッシャーとなってしまったのです。

その後、いろいろな仕事を経験したそうです。
そんな彼に30歳代後半で、病気を発症するという大きな不幸が降りかかります。

その病名が「てんかん」でした。

この病気を患う人が自動車事故を起こすなどして、社会的に注目されていたこともあり
彼も車の運転をやめました。
同時にできる仕事の幅も狭くなりました。
ただ、彼の病気の症状は気絶するようなものではなく、
普通の状態で「ほんの数秒、記憶が飛ぶ」という症状でした。
障害者手帳を取得した現実もあり、いろいろな就活を繰り返しましたが
結局、どうしても上手く職に就くことができませんでした。

そうです、「てんかん」の4文字が彼の人生を完全に狂わせ、
生活保護を受給して生活する形にまで変えてしまったのです。

「ゲンテン」も終盤に差し掛かったころ、
いつも通り休憩時間にタバコを吸いながら、私は彼にある一言を伝えました。
「馬の仕事に戻る気はないのか?」
彼は少し考えた後、「戻りたい気持ちはありますが、また病気が邪魔をしそうで・・・」

確かに中央競馬(JRA)に戻ることは難しいと思いましたが、
馬に携わる仕事が彼には最も向いているのでは?と思ったからの提案でした。

相談した結果、「求人を探してみよう」という形で意見が一致しました。
そこから、彼と私、二人三脚の就職活動が始まったのです。

第二章へ続く・・・
担当は「N」ですが、今回は3週連続で担当させていただきます。

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