名も知らぬ若者に救われた瞬間

今まで、私が支援してきた方々の事例を数件紹介しました。
今回は、私自身の体験談を書きたいと思います。
実は私は複数の転職を経験しています。
もともと福祉業界を目指してはいませんでした。
大学を卒業した後、新卒でソフトウェア開発会社に就職しました。
そこで5年間、システムエンジニアとして働きました。
両親は食料品関係の自営をしていましたから、私もいつかは自分で起業したいと思っていました。
そして一念発起、会社を退職して家業を継ぎました。
そこから18年間、個人事業主として惣菜販売と定食店を経営していました。

ところが、私の店を取り巻く環境に大きな変化が出てきたのです。
大型スーパーが乱立する地域となってしまい、個人店は非常に苦しい状況に置かれました。
「親の代から続けてきた店をつぶしたくない」という思いで、必死で努力しました。
ただ、周りの個人店が閉店するのを見ると恐怖しかありませんでした。
そんな中、私の店もとうとう赤字経営に陥ったのです。
預貯金を切り崩しながら、何とか立て直しを図ろうと食らいつきました。
しかし、売り上げは落ちる一方で、私自身も自信を失っていました。
毎日、両親・妻・娘の生活を守ることができなくなる恐怖と戦っていました。
娘はまだ3歳になるころで、仕事を終えて寝る前に娘の寝顔を見ながら
「俺はこの子にランドセルを買ってやれるだろうか・・・」などと考えていました。
ある夜、いつも通り娘の寝顔を見ながら、私はとんでもないことを考えていたのです。
「俺が今死んだら、生命保険で娘は大学くらいまでは行けるな」
私はすぐに我に返り、「父親がこの状態でどうするんだ!」と自分を責めました。
責めたと同時に、「自分を取り戻すために店を閉店しよう」と決めたのです。
そうです、閉店を思い切らせてくれたのは娘の寝顔だったのです。

そして、店を閉店する日を迎えました。
私は何とも言えない苦しい気持ちを抱えていましたが、
常連さんたちからは温かい言葉をもらっていました。
「長いこと、よう頑張ったな」
「ちょっとゆっくりしいや」
「新たな人生の始まりやね」

その常連さんの一人に、近くで一人暮らしをする大学生の男性がいました。
頻繁にご飯を食べに来てくれていて、どちらかというと不愛想な部類に入る男の子でした。
「サービス定食、大盛りでお願いします」が決まり文句でした。
アメリカンフットボール部に入っていて、背は高くなかったのですが
とても「ガッチリ」した体格をしていました。
私は彼のことを「熊くん」というあだ名で呼んでいました。
閉店の1か月くらい前に来てくれた時に、
「XX月XX日で閉めることになったんや、今までありがとうね」と伝えていました。
でもそれ以降、一度も来てくれなかったんです。
「ほかに良い店を見つけたのかな?」と思っていましたが、
最終日のランチ時のバタバタが終わるころ、「熊くん」が店に来てくれたのです。
いつも通り、「サービス定食、大盛でお願いします」と言ってテレビの横の彼の定位置で食べていました。
そして帰り際に、「今日で最後ですよね、ありがとうございました」と言って帰って行きました。
その言葉だけでもとても嬉しい出来事だったのですが、実はまだ続きがあります。

私の店では、トレイに定食一式(おかず、ごはん、味噌汁、一品、漬物)をのせて提供していました。
「熊くん」が帰った後の食器を下げに行った妻が、大粒の涙を流しながら厨房に戻ってきたのです。
「どうしたんや?」と私が聞くと、妻はトレイの下に置いてあったB5サイズの紙を私に差し出しました。
そこにはこう書かれていました。
「いつも美味しい料理を食べさせてくれて、ありがとうございました。ごちそうさま!!」
私の目からも涙があふれ出しました。
私はその時こう思えたのです。
「俺の18年は無駄ではなかった。熊くんのためにも頑張らなくては!」
そうです、名前も知らない一人の若者に、私は救われたのです。
それと同時に、次へ向かう意欲を蘇らせてくれたのです。
「熊くん」には、今でも感謝しています。
彼が残してくれた紙はボロボロになっていますが、今でも私の財布に入っています。
私の大切な「お守り」です。

そして縁あって福祉の世界に飛び込み、無我夢中で走ってきた結果、今に至っています。

最後にもう一度、「熊くん、本当にありがとう!」

担当は「N」でした。

この記事を書いた人