「押すこと、引くこと、待つこと。成長を支える距離感」

突然ですが、みなさんは「待つ」ことって得意ですか?わたしは正直あまり得意ではありません。

「こうしてほしい、こうなってほしい」と思うと、つい手を出したり、声をかけたり、先回りしたくなります。

そんなわたしが最近「待つことってやっぱり大切だよな」と改めて感じた出来事がありました。

我が家ではモルモットを一匹飼っています。
まだまだ若く、最初の頃はとても警戒心が強い子でした。
ケージの中では少しずつリラックスしてくれるようになってきたものの、外に出ることには慎重です。

モルモットは、ケージの外に出て部屋中を散歩、通称「部屋んぽ」をすることができます。
わたしには、部屋んぽをして楽しんでほしい気持ちがありました。

そこで、モルモットが自分から外に出られるようにスロープを用意してみました。

扉を開けて、スロープを設置して。
「さあ、いつでも出ておいで!」と準備万端です。

ところが出てきません。
じーっとこちらを見ています。
時間が経っても出てきません。
スロープをくんくん匂いにきますが、後ずさりして小屋に帰っていきました。

「せっかくスロープ作ったのになぁ」

結局その日は出てきませんでした。
しかし、この待っている時間で思ったことがあります。

「わたしは出てくることを待っているつもりだったけれど、一方的に出てきてほしいと思っているだけだよな」と。

人間からすると、スロープもある、扉も開いている、部屋の中に危険もない。だから「出ても大丈夫なのに」と思います。

しかしモルモットからすれば、「まだ出たくない、外は気になるけどちょっと怖い」と、そんな気持ちだったのかも。

「出られる環境」と「出てみようと思える気持ち」は別物なんですよね。

これは子どもたちとの関わりにも通ずることがあると思いました。

放課後等デイサービスでは「やってみよう、できるよ!」と、大人が声をかける場面があります。

子どもが一歩踏み出せるように環境を整えたり、きっかけを作ったりすることは大切です。
しかし環境を整えたからといって、すぐに行動できるとは限りません。
「やってみたい」という気持ちはあるけれど、まだ一歩を踏み出す準備ができていないことだってあります。

そんなとき、大人ができることは「引っ張ること」だけではありません。
「いつでも大丈夫だよ」と待っていることも、大切な支援のひとつです。

また、「待つ」をするにあたってわたし自身気をつけたいと思っていることがあります。

それは「待つ」はただ何もしないことではないということです。

様子をよく見ながら、どうしたら一歩を踏み出せるのかを考え続け、必要なときには手を差し伸べる。
でも、本人が自分でやってみようとしているときには、あえて見守る。
この「手を出す」と「待つ」のバランスをうまく取れた時が「できた」に繋がるのかなと思っています。

ちなみに、モルモットのスロープを設置したのは約3週間前。
そして、これを書いている今も自らスロープを歩いて出てきたことはまだ一度もありません。

モルモットにもモルモットのペースがあると感じてからは、「いつ出てくるかな~」とむしろワクワクして待っています。

昨日できなかったことが今日できるとは限りらないけど、今日できなかったからといって、明日もできないとは限らないよね、と。

わたしは今日もモルモットがスロープを渡ってくれるのを、様子をみながらのんびりと「待つ」のです。

担当:エデュワーク千代川「児童指導員O」

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