第一章はこちら↓↓
彼と私の二人三脚の就活が始まりました。
求人検索を始めてすぐに、私は京都府内の乗馬クラブの求人を見つけました。
日常の馬の世話や軽い運動をさせるような求人でしたから、
彼も「これならできます」とすぐに応募する気持ちになったのです。
面接に行き過去の経歴を面接官のクラブの代表に話すと、
「そんなすごい人が、なぜうちの乗馬クラブに?」と驚かれたそうです。
代表は雇用を前提に動いてくれましたが、全国規模で展開する大きな乗馬クラブだったので
法人本部に雇用の話を上げると、答えは「NO」でした。
理由は「てんかん」という病気です。
落馬や馬を放馬させる事故を恐れてのことでした。
彼は残念そうでしたが、雇用を検討してくれたことは嬉しかったようでした。
「ゲンテン」の参加期間が終了した後、
就活をしながら頻繁に「ゲンテン」の後輩を励ましに来てくれたことをよく覚えています。
乗馬クラブの面接から半年くらい経過したとき、彼からある報告がありました。
「乗馬クラブの代表から電話があり、知り合いの馬主さんを紹介すると言われました」
彼も私も、驚きと同時に大きな嬉しさを感じました。
乗馬クラブの代表が忘れずに、ずっと気にかけてくれてことも有難かったです。
なんとここから、中央競馬(JRA)に戻るための就活が始まりました。
最初に会った馬主さんからも経歴を認められましたが、
やはり「4文字の悪魔」が立ちはだかりました。
雇用には結び付きませんでしたが、驚きの言葉もいただきました。
「別の知り合いを紹介してあげる」
「彼ならなんとかしてくれるかもしれないな」
そして紹介してもらった方は、これまた驚きの「超」ビッグネームの方でした。
世界的に有名な方で、過去に多くの名馬を輩出した生産牧場をお持ちの方でした。
なんとなんと、彼はその人と京都で会うことになったのです。
そのビッグネームの方も彼の経歴に驚かれました。
経営の第一線からは退かれ、息子さんの代に変わっていましたが、
「息子に話してみるから、一旦、預からせてくれ」との言葉をいただいたのです。
そして彼は実技試験のために千葉の美浦トレーニングセンターに呼ばれました。
10年以上ぶりに馬に乗ったそうですが、何度か下馬をしながらも馬に乗ることは出来たそうです。
ただ、彼自身は「下馬してるので、多分無理ですよ」とあきらめムードでした。
その後、ビッグネームの方から彼に連絡があり、このように言われたそうです。
「君の力量はよく分かった」
「馬が暴れそうだから、わざと下馬しただろう」
「それができるのは一流の証拠だよ」
彼は目を輝かせて、私にこの報告をしてくれました。
しかし何としたことか、息子さんの判断は「NO」でした。
またもや「4文字の悪魔」が立ちはだかったのです。
「力量は認められるが、もしもの時のリスク管理の方が重要」の判断でした。
ビッグネームの方からは、「期待だけさせてしまい申し訳ない」というお詫びがあったそうです。
「二人三脚の就活も、この時点で終わりを迎えるのか・・・」
その時の私の正直な気持ちです。
最終章へ続く・・・
担当:「N」

